
どちらも『学ぶ』ということに変わりはないけれど、大きく違う。
どんな学びも素通りしては意味がなく、身になり、人生に役立つことが大事。
身になる学びが良い学びで、身にならない学びは悪い学びとも言える。
身になる学びには感情が紐づく。驚き、喜び、悲しみ、怒り。
と考えると、教わる時より気づいた時の方が感情が動く感じがするので、気づく方が身になりそうな気がする。
いや、よくよく思い出すと教わったことが実際に起こって「本当だったんだ」と気付いたり、何かの拍子にふと昔言われた言葉を思い出して「あっ!」と点と点が繋がったりと、教わることも結局は気づきに変換された時に感情が動き、深く体に記憶として刻まれる気がする。
気づきとは自分が知らなかった世界を知ることだろう。
新しい考え、新しい言葉、新しい文化。
人の意識はアンテナを向けた方向の情報を収集するから、気づく(学ぶ)ためには自分の知らない世界に意識を向け続ける必要がある。好奇心がちゃんと機能して、慢心していなければイイ。
そして気づきを体に染み込ませるためには感情が大きく動く状態であることが大事で、それはつまり自然体でいること。自分に嘘をついていたり、猫を被っていると感情は理性で押さえ込まれる。
学びを深めるために大事なのはおそらく、慢心せず、自然体でいること🦉


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