80億人もいればそりゃ色んな考え方があるさ

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ドガーン!!!

と目の前で突然交通事故が起きたとして、

(助けなきゃ!)
(きっとバチが当たったんだ)
(関わらないようにしよう)
(救急車呼ぼう)
(うわー)
(撮っておけば映像売れるかも)
(怖い…)

その場にいる人の数だけ心の動きがある。

地球上に繁殖しまくった人類は現在約80億人。それだけの人がいれば色々な考え方があって当たり前。

(助けなきゃ!)←ね!
(きっとバチが当たったんだ)←あるね!
(関わらないようにしよう)←厄介だもんね!
(救急車呼ぼう)←呼ぼう!
(うわー)←血出てるもんね!
(撮っておけば映像売れるかも)←お金欲しいもんね!
(怖い…)←怖いよね!

と、どんな考えもその人の気持ちを理解すれば肯定することができる。

これは言い換えれば、多数派の考え方、少数派の考え方はあれど、絶対的な(100%正しい)考えなど存在しないと表現できる。

絶対的な考えというのは絶対的な価値観の中にしか存在できない。でもこの世界に絶対的な価値観など存在しないから、絶対的な正解は存在できない

しかし人間は子供の頃に学校や家庭で正解と不正解を徹底的に叩き込まれて、この世には本当に正解と不正解が存在するのだと勘違いしたまま大人になる人も沢山いる。

日本だけに絞ってみれば、生まれてから死ぬまで地元で暮らす人は人口の60~70%、パスポート取得率は人口の約15%。こんな数字を眺めると、自主的に外の世界を見ようとする人口はかなり少数派だと感じる。

時間は価値の増幅装置なので、正解に固執する考えは時間が経てば経つほど強くなり、どこかのタイミングで他の価値観を受け入れることは不可能になり、周りの手に負えなくなる。加齢や権力はややこしさに拍車をかける。これが他人ならいいが、家庭や職場にいたら中々辛いものがある。

前提となっている考え方の違いによって関係が上手くいかないことがわかっている場合、最終的な選択肢はどちらかが死ぬまで戦うか離れるの2択になるから、離れるのがオススメ

しかし執着された場合は離れてもしばらく付いてくるのでかなり厄介(ストーカー、SNSでの誹謗中傷、周りの人への攻撃など)だが、ルッコローの森はそんな人たちの避難所としての役割も持ちたい。物理的な距離のサポートはまだ難しいけれど、まずは精神的な距離から。

そしてこれまでネガティブの無限ループに費やしていた時間を、誰かを応援する時間や、自分が楽しい思うことをやる時間に。

ルッコローの鳥サイズの脳みそでは、人間社会全体が平和になる道は見つからない。

が、全体が悪くなるからと言って全員が嫌な思いをするわけじゃない。

戦争をしてる時も笑顔で暮らせる人たちはいるし、疫病が流行っても健康で暮らせる地域もある。

理想郷は失敗するし、潔癖な隔離も失敗する。

何がどこまでできるかは全然わからないけれど、先人の知恵と失敗から学びつつ、長い竹輪(ちくわ)的な、意味のある場所を作っていきたい🦉

(全然違うこと書こうと思ってたのに意気込みに着地した)

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