
今100%心地よくインターネットを使えてる人の割合ってどれぐらいでしょう。
私はほぼ0に近いんじゃないかと思ってます。
それもそのはず。
30年ぐらい前からパソコンが家庭に普及し、携帯電話が生まれ、スマホに進化し、インターネットに関するルールや文化は全てこの30年で一気に作られたもの。
SNSに至ってはまだ15年ぐらいの歴史しかありません。
人間社会は基本的に『やってみる→失敗する→改善する』を繰り返して洗練されていくので、インターネットに関してはまだまだ初歩的な失敗を繰り返している段階です。
今は簡単に人を傷つけ、噂を流し、人を殺すこともできてしまう。
この改善のためには多くの失敗を繰り返していくしかないので、時間が経てばルールが作られ自然と全体は整っていきます。
とはいえ、インターネット全体が整うまで待っていたら死んじゃう。せっかく便利なツールなので、生きてるうちに良い感じに使いたい。
という考えがベースにあり、インターネット上に不快感が少ない場所を作りたいという思いからDiscord上で『ルッコローの森』を始めました。
さらに周りを見渡していると、多くの人は自由を望むものの、本当に自由になった時には何もできない。
インターネットは広すぎます。一部のフロンティア精神を持った人はその雄大な土地を縦横無尽に駆け回ることができますが、ほとんどの人はその広さを認識することすらできず、手の届く範囲の非常に偏った情報にだけ触れることになります。(近年は精度の高いアルゴリズムがそれを助長)
そもそもインターネット上に日本語で書かれている情報は全体の2〜3%しかない(英語は70%ぐらい)ので、日本語しかわからないと情報弱者まっしぐらです。
と考えると、ある程度まで土地を狭くして動きを活発にし、その中で自分の趣味嗜好と関係ないランダムな情報に触れられる状況を作ることは、誰かの役に立つんじゃないかと思った。(もちろん誰の役にも立たない可能性もある。笑)
ということもあり、ルッコローの森を作りました。
未来を考えればルッコローの森でやりたいことは沢山ありますが、まずは人数が増えても心地よく使える環境作りから。
心地よい場所の基準となる指標は、親の目が届く範囲で子供を自由に遊ばせられるかだと思います。
例えば今のインターネットで子供を自由にさせると、簡単にエログロ動画に辿り着き、変なおじさんから汚いキノコの画像が送られてきます。全く自由に遊ばせられない。
かと言って、完全に危険を排除した潔癖な場は親の目が必要ない代わりに子供にとってはつまらない場所になる。
ある程度の危険や冒険の余地がありながら、失敗しても致命的なダメージを負うことはない。チャレンジが許されて応援もされる。そんな場所が作れたら良いなと思ってます。
そしてそれらの複雑なバランスを個人が意図的にコントロールするというのもまた不自然なことなので、そういう空気や環境が時間をかけて自然に構築されていくことがきっと大事。(複数の人間と複数のAIが必要)
生きている人間を神と崇拝するところからカルト宗教は始まるので、誰かを神にするのはやっちゃダメ。中心に来るのはシステムや言葉やキャラクターであるべきで、それもこれから時間をかけて見つけていきたいですね。
未来を考えればルッコローの森でできることは沢山あって、誰かのチャレンジを応援してもいいし、世界各国に友達を作っても良いし、不登校の子たちにオンラインで授業してもいいし、みんなでお金を稼いで森を買ってもいい。やろうと思えばなんでもできちゃう。
ルッコラジオを通じて世界の色々な事例を紹介しながら、参加者のあれやりたいこれやりたいが増えていったらルッコロー嬉しす🦉
と色々書きましたが、ルッコローの森をわかりやすく一言で説明するなら…
インターネットの町内会。(ダサい)


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