文化によって違う笑いのツボ。
日本の漫才、アメリカのスタンダップコメディ、フランスの社会風刺などなど、各国で独自の進化を遂げているお笑い文化は、どれも国内では爆笑でも外国人が見ると「?」なネタが沢山ある。
日本人の視点からすると、アメリカの人種差別をネタにした白人いじりなんかは言い過ぎでしょと引いてしまうし、フランスの社会風刺は政治に興味のない日本人からすると何がおもろいのかわからない。
逆に日本の頭を叩くツッコミは、暴力に敏感なアメリカ人からするとそれはダメでしょと感じる。
落語家の桂枝雀が提唱した「笑いは緊張と緩和」という言葉にもあるように、前提となる緊張(それぞれの文化の日常やタブー)によって、緩和のための表現が変わってくる。
ここ数年で一気に日本の芸人さんがAGTやBGTなど海外のオーディション番組で爆笑をかっさらっているが、どれもノンバーバル(声を使わない表現)のものばかり。人類共通の面白さを追求した結果高確率で裸になっているのはかなり面白い。笑
タブーの中に笑いがあるということで、一歩間違えれば人を傷つけたり場を壊してしまう。コメディアンは深い洞察と広い教養が問われる凄い職業だと思う。
芸人さんではない我々にとっても笑いは大事。
国によって笑いの基準は違えど、人は自分を笑わせてくれる人を嫌いにはなれない。
外国でワークショップを行う時などは、掴みの笑いに全てを賭ける。最初に笑ってもらえれば心を開いて聞く耳を持ってもらえるので、あとはどうにかなる。
芸人魂を心の奥に忍ばせておけば自動的に深い洞察と広い教養が得られるので、「どうすればこの場を面白くできるかな」という感覚は常に持っておきたい。
その感覚を常に持っていればつまらない場はこの世から消えて無くなるし、何かの被害者になることもない。
心の奥にウエスP🦉


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