人間社会はとても不思議。
人間社会の全ての営みは子どものおままごとと変わらないのに、多くの人は人間社会を真実だと思って暮らす。
ただの紙とインクに対して多くの人が「この紙とインクには価値があるんだ!」と思い込むと、それらは『紙幣』や『契約書』と名前を変えて、誰かの人生を変えるほどの価値を持ってしまう。
私たちはラッキーなことに、15年前には0円だったビットコインが1000万円もの価値をもつまでの流れを見ている。最初は一部のオタクの趣味として扱われていたものが、世界中で紙幣や金に変わるものとして扱われている。これも人々の認識が生み出した価値。きっと紙幣が生まれた時も同じような現象が起きたのだろう。
思い込みで価値を持つのは物だけではない。そこにはただ2人の人間がいるだけなのに、スーツを着て、入社式をして、肩書きをつけると、上司と部下が出来上がる。学校を用意し、教える側と教わる側を用意すれば先生と生徒が出来上がる。
この世界を巻き込んだ壮大なおままごとに疑問を抱かずに生きていく人もいれば、気づいた上で希望を持って生きていく人もいて、絶望してドロップアウトする人もいる。
既に生まれて数十年暮らしたこの社会を悲観的に捉えたところで意味はないと思うので、楽観的に捉えてみることにする。
この社会が持つ良い部分は、小さな社会の集合体によって大きな社会が維持されているところだと思う。小さな社会とは、国、人種、会社、文化、趣味など、特定の共通意識を持って3人以上が集まったらもうそれは小さな社会の始まりだ。
人間社会の構造そのものをひっくり返せなくても、作ろうと思えば小さな社会構造は作ることができる。ビットコインが価値を持ったように、フィンドホーンのエコシステムが持続しているように、バーニングマンに人が集まるように、80億人もの人がいれば自分と似た思想を持った人が必ずいて、知恵と時間と労力で小さな社会はどうにでも作ることができる。
そして小さな社会同士は影響を与え合い、大きな社会へと影響を与えていく。
大きな社会にストレスを感じるなら、理想の小さな社会を作ればいい🦉


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