母親の愛情のお陰か、父親の涙のお陰か、佐賀に戻ると急に成長期が訪れ、そこから1年半で身長が20cmも伸びた。いや、もしかしたら監督のお陰かもしれない。
寮での食事はご飯を3杯食べるまで部屋に戻れない。監督はいつも最後の1人が食べ終わるまで選手の近くに座って食べ終わるのを見届けていた。当時は見られながら食べるプレッシャーが嫌だなと思っていたけど、改めて考えると監督は自分の時間を削って選手に付き合っていたんだと、感謝の気持ちの方が強くなる。
高校の先生たちも優しかった。特に担任の西村先生は、僕が親から離れて寮生活をしているのも知っていたから、わざわざ試合を観に来てくれたり、クラスで誕生日を祝ってくれたり、近くに親がいない生活が寂しくならいよう、気にかけてくれていたんだと思う。大人になった今でも実家には先生からの年賀状が届く。
僕はつくづく人に恵まれてきたんだなと思う。
高校の3年間は、サッカーと勉強をしていたらあっという間に終わってしまった。卒業して佐賀を去る時、西村先生と親友たちが駅まで見送りに来てくれて、お弁当が入った包みを手渡された。寂しくないと思いたかったから「じゃぁまたな!」と別れ電車に乗り込み座席に着く。お弁当の包みを開くと、みんなからの手紙と腕時計が入っていた。この時計はずっと親友が付けていて、いつの日か僕が「それカッコいいな」と言ったやつだった。…いつも電車では泣かされてばかりだ。
多くの選手は高校卒業と共にプロになること諦めてしまうけど、僕は自分の可能性を諦めなかった。Jリーグのチームから声はかからなかったけど、最もレベルの高い関東の大学リーグに所属する大学に進学した。
レベルが高い大学に進んだは良いが、一般受験で入った僕には厳しい現実が待っていた。サッカー推薦での合格者と、一般受験での合格者は扱いが全く違う。サッカー推薦者は自動的にサッカー部に所属するが、一般受験からサッカー部に入るためには監督との面談を何度も行い、志望動機を数千字も書いて提出し、身体能力テストをパスしてやっと入部が認められる。入ったら入ったで先輩から「才能がない」「辞めろ」と言われる日々が続く。
これまで人に恵まれすぎたのもあるのだろう。サッカーが全く楽しくない。
このままこの環境にいていいのか、もうサッカーを辞めるべきなのか、それとも…
悩ましい日々が続く。
「Shinji Kagawa hat ein Tor erzielt!!!」
何気なく付けたテレビから聞こえてきたドイツ語の実況。当時ドイツのドルトムントで歴史的な活躍をしていた香川真司のゴールを伝える声だった。
…日本に自分の居場所がないなら、海外でサッカーをやればいいんじゃないか。

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