怪我は順調に回復しているものの、オーストリアのチームは退団扱いになった。
所属チームがないので、ドイツに戻ってリハビリとトレーニングを続けながら、エージェントにチーム探しをお願いし、声がかかるのを待つ。
先がどうなるか全く見えない状況でただトレーニングをする日々。サッカー選手は選手生命が短い。20代後半になればもう引退が見えてくる世界で、怪我をした24歳の日本人を欲しいというチームはいるのだろうか。
1日が長いのか短いのか、自分は今どこに向かっているのか、色々なことがよくわからなくなってくる。
起きて、練習をして、寝て。起きて、練習をして、寝て。起きて、練習をして…
ふと母親のことを思い出す。
大変なことが起こるたび、「次々!」と前に進むことを考える。モンテネグロに行った時も、大怪我をした時も、「あなたが笑顔で生きていけるんだったらそれが正解!」と勇気づけてくれた。
そして次のチームから声がかかったのは、ドイツに戻ってから8ヶ月が経った頃だった。
ドイツ5部、インターナショナルライプツィヒ。
このチームにはドイツ人がほぼいない。練習も英語で、監督はドイツ人で初めて全ての大陸でプロサッカー選手を経験した人物。チームメンバーはギリシャ人、ブラジル人、ポルトガル人、韓国人、など多様な顔ぶれ。
ちなみにこの時はポルトガル人とギリシャ人の選手と共同生活をしていて、人生で1番部屋が汚かった。試合の前日でもクラブみたいに音楽をかけて騒ぐ彼らの姿を見ていると、これまでの8ヶ月間が夢の中にいたように感じる。
怪我は無事に完治していたようで、1年間安定してプレーを続けることができた。
同じ地域のライバルチームと争うダービーマッチでは5部の試合ながら5000人以上の観客の中で試合をすることもあった。(ちなみに99%が相手チームのサポーター)
ステップアップのきっかけとしてチームに所属している選手が多く、共にプレーした選手の多くはシーズン後に4部や3部のチームへと移籍していった。
そして僕にも代理人経由で4部のチーム2つから声がかかった。が、契約上の問題で僕の所有権がチームにあったらしく、代理人がもってきた話をチームが拒否したため話が流れてしまった。
サッカーは契約上の問題がよく起こるため、こういう話も珍しくはない。
結局、来季は同じ5部に所属するゴンセンハイムというチームへの移籍が決まった。


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